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大人の事情 ~御朱印ライフ~

付き合いで始めた寺社(御朱印)巡り、今じゃ週末のライフワークになりました~♪

2024 03/15

[滋賀県] 近江八景 堅田の浮御堂 満月寺1


白鬚神社に続いては琵琶湖を南下し、滋賀県大津市本堅田にあります
『満月寺浮御堂』(まんげつじうきみどう)に行きました(^^)/

この後ろ辺りに車を駐車場入れ、石畳でできた参道は東に向かっています。
浮御堂(満月寺)① 参道(道路)





参道突き当たりには、松の高木を両脇に構えた山門がありました。
浮御堂(満月寺)① 入口





山門の左手には「浮御堂」と刻まれた石碑があり、山門の右手には正式名称の「海門山満月寺」と書かれた寺号碑があります。山門は下層に漆喰塗りの袴腰を付けた竜宮造りの形式で、上層が付くので楼門となります。扁額は「海門」と山門名が書かれています。
浮御堂(満月寺)① 浮御堂石碑

浮御堂(満月寺)① 山門

浮御堂(満月寺)① 山門扁額





山門を入った右手に受付がありましたので、拝観料300円を払い中に入ります。
浮御堂(満月寺)① 受付





「琵琶湖とその水辺景観-祈りと暮らしの水遺産」として日本遺産となっているようです。
浮御堂の説明も下に書かれていましたが、少ししか書かれてなかったので、リーフレットに書かれていた「浮御堂の歴史」を下記に記します。
浮御堂(満月寺)① 日本遺産看板

「近江八景の一つ堅田の落雁として有名な堅田の浮御堂は、びわ湖の最狭部に位置し、海門山満月寺と称する禅寺で京都紫野大徳寺に属する。昔一条天皇の長徳年間(西暦995年頃)比叡山横川恵心院に住した源信(恵心)僧都が、びわ湖を山上より眺め湖中に一宇を建立して自ら一千体の阿弥陀仏を刻んで「千仏閣」「千体仏堂」と称し湖上通船の安全と衆生済度を発願したに始まる。因みに僧都は、我が国の宗教思想に大きな影響を与え、浄土教学の基礎を樹立した「往生要集」の著者である。真宗伝灯第六祖と仰がれている。
 堅田の地は、その後、建武の始めより元亀天正に至る間に、度々戦場となり、当寺も漸次荒廃に帰したが、徳川時代になり、大徳寺の住持、湘南宗沅、大岫宗般、等によって復興された。江戸時代より昭和九年迄の浮御堂は桜町天皇より御能舞台の御下賜を仰いで建立したものである。観音堂の聖観音座像は、重要文化財であり平安時代、約九百年前の尊像である。
 現在の浮御堂は、昭和十二年の再建で「阿弥陀仏一千体」を安置して「千体仏」と称している。「多数功徳作善信仰」という平安時代の信仰、一体よりも二体、三体と数多くの仏像を作る事に、功徳ありと考えた様子を今日に伝えている。
 浮御堂は湖中に突出している為、版画の如く東に伊吹山、長命寺山、近江富士(三上山)、沖の島、西に比良連峰、比叡山等、眼前に湖水を一眺出来る。風景絶佳の地点で風化雪月それぞれの趣があり、境内の老松も閑寂な寺域にふさわしい。古くより堅田は京都に近く湖上交通の要地で、一休和尚、蓮如上人が錫をとどめ、芭蕉、一茶、広重、北斎等が杖をひいて多くの詞歌、絵画を残している。」




塀際には忠魂碑と、「五月雨の 雨だればかり 浮見堂」と書かれた、阿波野青畝(あわのせいほ)の句碑がありました。
浮御堂(満月寺)① 歌碑





次に授与所がありましたので、御朱印帳を預けて先に進みます。参道周りは松の高木に覆われていますが、松の間から琵琶湖が見えてきました。
浮御堂(満月寺)① 授与所

浮御堂(満月寺)① 境内松





参道の授与所手前を右に曲がると入母屋造りの「客殿」玄関がありました。江戸時代の1754年に建立された客殿は国の登録有形文化財となっています。
浮御堂(満月寺)① 客殿





門かぶりの松ならぬ、参道かぶりの松など、樹齢およそ650年と言われるようです。
浮御堂(満月寺)① 門かぶりの松





石畳の参道を抜けると、湖に架かる橋の先に「浮御堂」がありました。逆光で写真は真っ暗となってしまい申し訳ありません。
浮御堂(満月寺)① 浮御堂遠景



今回はここまでです。次回は続きからお伝えしま~す(^^)/ 御朱印は次回で!


場所:浮御堂(満月寺)


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