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大人の事情 ~御朱印ライフ~

付き合いで始めた寺社(御朱印)巡り、今じゃ週末のライフワークになりました~♪

2023 11/01

[岐阜県] 西国三十三所満願の地 谷汲山華厳寺1


今回はボクの地元岐阜県揖斐川町谷汲徳積にあり、西国三十三所観音霊場の最終地、
満願霊場となります『華厳寺』(けごんじ)に行きました(^^)/
谷汲山にある華厳寺はこれで3度目となりますが、西国三十三所観音霊場の満願として訪れるのは初めてとなりますので、以前よりは詳しくお伝えしたいと思います。

1kmほどある「巡礼花街道」と名付けられた参道は、両脇に食事処や土産物屋が連なります。朝早くに出掛けたので、まだお店は開けられておらず閑散としてました。
谷汲山華厳寺 参道入口

谷汲山華厳寺 参道




華厳寺入り口となる「仁王門」に着きました。
谷汲山華厳寺 仁王門




仁王門は銅板葺き入母屋造りの二重門で、文化財となっていないのが不思議なくらい立派な造りとなっています。仁王門手前には、「西國第三十三番満願霊場」と刻まれた石碑がありましたが、寺号碑は見当たりません(^^;)
谷汲山華厳寺 仁王門②

谷汲山華厳寺 西國石碑




仁王門の両脇には木像の仁王像が安置されています。そのままでは撮れなかったので格子の隙間から勇姿を撮らせていただきました(^^)/ 仁王門の説明書きには下記の様に書かれていました。
谷汲山華厳寺 仁王像

谷汲山華厳寺 仁王門説明

「現在の建物は宝暦年間(1751~1765)に再建され、昭和の中頃に二重層で朱塗りの門になりました。また境内の入り口である門の左右には運慶作と伝わる仁王像がお寺の守護神として安置されています。」




石畳の境内参道もかなり長く続きます。境内案内図がありましたので、それを確認しながら本堂に向かいます。
谷汲山華厳寺 境内参道

谷汲山華厳寺 境内図




石畳の参道を進むと、最初にあったのは塔頭の「一乗院」です。その向かい側にあったのは、こちらも塔頭の「宝輪院」です。
どちらも写真は門ですが、奥に建物がうかがえました。
谷汲山華厳寺 境内参道②

谷汲山華厳寺 塔頭①

谷汲山華厳寺 塔頭②




続いてあったのは、「十王堂」です。
左側に「羅漢堂」が写り込んでいますが、撮り忘れました(^^;)
谷汲山華厳寺 十王堂




こちらも塔頭の「明王院」です。唯一この塔頭だけが現在も営業されていて、御朱印もいただけますので、こちら「谷汲山華厳寺内の塔頭 明王院」も併せてご覧下さい(^^)/
谷汲山華厳寺 明王院




百度石の石碑を過ぎると、真新しい手水舎がありました。参道の真ん中には「焼香場」と書かれた常香炉がありますが、網が張られて現在は使ってないのかな?
谷汲山華厳寺 百度石

谷汲山華厳寺 手水舎

谷汲山華厳寺 常香炉




ここから参道は石段に変わる所に「谷汲山根源由来記」と書かれた縁起がありました。
読もうと思いましたが、「當山は人皇五十代桓武天皇の御守延暦十七年の創建・・・」で挫折…所々文字が飛んで読めませんでした(^^;)
谷汲山華厳寺 由緒記

ですので、谷汲山華厳寺ホームページより縁起を転載させていただきました。

「「谷汲さん」の愛称で親しまれる当山は、山号が「谷汲山(たにぐみさん)」、寺号が「華厳寺(けごんじ)」といいます。
 寺の草創は桓武天皇(737-806)の延暦十七年(798)で開祖は豊然上人、本願は大口大領です。奥州会津の出身の大領はつねづねより十一面観世音の尊像を建立したいと強く願っており、奥州の文殊堂に参篭して一心に有縁の霊木が得られるようにと誓願を立て、七日間の苦行の末、満願(七日目)の明け方に十四,五の童子(文殊大士と呼ばれる)の御告げにより霊木を手に入れる事が出来ました。霊木を手に入れた大領は都に上り、やっとの思いで尊像を完成させました。
 そして京の都から観音像を奥州へ運んでいこうとすると、観音像は近くにあった藤蔓を切って御杖にして、御笠を被り、わらじを履いて自ら歩き出しました。途中、美濃国赤坂(現:岐阜県大垣市赤坂)にさしかかった時、観音像は立ち止まり、
「遠く奥州の地には行かない。我、これより北五里の山中に結縁の地があり、其処にて衆生を済度せん」
と述べられ、奥州とは異なる北に向かって歩き出しました。
 そうしてしばらくした後、谷汲の地に辿り着いた時、観音像は歩みを止め、突然重くなって一歩も動かなくなったので、大領はこの地こそが結縁の地だろうと思い、この山中に柴の庵を結び、三衣一鉢、誠に持戒堅固な豊然上人という聖(ひじり)が住んでいたので、大領は上人と力を合わせて山谷を開き、堂宇を建てて尊像を安置し奉りました。すると堂近くの岩穴より油が滾々と湧き出し尽きることが無いので、それより後は燈明に困ることが無かったといいます。」



石段先に「本堂」が見えました・・・・ん? 足場!?
そうなんです、本堂は外装の改修中で足場が架けられていました~~超~~残念!!
谷汲山華厳寺 石段下より本堂




本堂は次回お伝え致します、その前に石段周辺の堂宇をお伝えします。
まずは桟瓦葺き入母屋造り向拝付きの「英霊堂」です。詳しい説明がないですが、名前の通り戦没者の英霊が祀られていると思います。
谷汲山華厳寺 英霊堂




続いては、英霊堂の向かい側にあるのが「一切経堂」です。桟瓦葺き宝形造りで、2階建てなのか下屋は裳階なのか不明です。
谷汲山華厳寺 一切経堂




本堂の手前には、銅板葺き入母屋造り唐破風向拝付きの「三十三所堂」です。 西国三十三所観音霊場のそれぞれの札所本尊を模した三十三体の観音像を祀っています。
谷汲山華厳寺 三十三所堂




三十三所堂の向かいには、巨大な観世音菩薩立像(左)と、大勢至菩薩立像(右)がありました。
谷汲山華厳寺 観音像他




次は本堂なんですが、写真の枚数も増えてきたので今回はここまでです。

御朱印は本堂(現世)の御詠歌
  世を照らす 仏のしるしありければ まだともしびも 消えぬなりけり
谷汲山華厳寺本堂(御詠歌)


場所:谷汲山華厳寺



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