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大人の事情 ~御朱印ライフ~

付き合いで始めた寺社(御朱印)巡り、今じゃ週末のライフワークになりました~♪

2023 10/02

[京都府] 醍醐寺始まりの地 上醍醐①


前回の下醍醐から今回は、『醍醐寺』(だいごじ)の上醍醐をお伝えします(^^)/

上醍醐は長らく西国三十三所第十一番札所が存在し、西国一険しい札所として知られたようです。上醍醐のある醍醐山は標高450mあり、伽藍は頂上にあるため山道を一時間ほどかけ登ります。

上醍醐の入口右手には「西國第十一番霊場登山口」と刻まれた石碑があります。入口には鳥居もあり神仏習合の名残があります。
上醍醐① 入口

上醍醐① 鳥居





鳥居をくぐった左手に「女人堂」がありました。
夏期に説明板の内容を記しておきます。
上醍醐① 女人堂

上醍醐① 女人堂説明板

「上醍醐へと続く参道は険しい。山道を登り、山上に参拝するのをためらう人も多い。
 そこで、上醍醐に登らなくても、お参りできる「女人堂」が登山口に建てられた。
 西国十一番札所がある上醍醐への登山口に建てられた女人堂は、ここだけでなく、西国十番札所からの参道だった炭山(宇治市)、十二番札所へと続く笠取(宇治市)にもあったことが、国宝「醍醐寺文書聖教」の中にある「山城国上醍醐女人堂炭山観音縁起」(第九三函十三号)等々によって知ることができる。
 現在の女人堂は桁行が8.9メートル、梁間5.9メートルの入母屋造であり、成身院の本堂となっている。
 成身院は、後嵯峨天皇の皇后である大宮院の祈願所であり、慶長年間には三宝院に隣接する場所にあった。
 いつごろ、その名が移転したか不明だが、明治二十二年頃に作成された女人堂の境内を示す図面(第七一七函三六号)は、成身院の図面と一緒に綴じられており、この頃既に、成身院と女人堂は一体とみられるような関係にあったと推測される。」




女人堂奥にあります寺務所の受付のような場所で入山料600円を納めます。入山受付時間が冬期と夏期で違っており、2月でしたので夏期より1時間早く(15:00まで)なっているので注意が必要です。
上醍醐① 寺務所受付





社務所の横をすり抜け山道に戻ります。
まずは「史跡 醍醐寺境内」と刻まれた石碑とがありました。山全体が醍醐寺の境内として史跡の調査がされているようです。
上醍醐① 石碑





30分程登った所で休憩場所がありました。案内には三宝院より約1.7kmで、上醍醐の准胝堂までは約1.1km徒歩33分とありました。
上醍醐① 休憩場所





古くなっており見えにくかったですが、下記のように書かれています。
上醍醐① 注意喚起看板

「当山は平安の昔、貞観十六年(874)に弘法大師の法孫、聖宝理源大師によって開かれたお寺であります。特に聖宝尊師は、修験道(山伏)の中興の祖と仰がれ、その遺風を今に残す山で貴重なる道場でもあります。山上には平安、室町、桃山の各時代の国宝建造物や各種重要文化財が保存されています。又、全山が歴史的風土特別地区に指定されており、その保全の為、山林火災の予防には十分なる御協力をお願い致します。たき火の禁止は勿論、タバコの吸がらの後始末、不用意に山の中へすてないで確実に消して下さい。」と火の始末に関する注意喚起の看板がありました。




「音羽大王大権現」は、かつて天狗の休憩所といわれた「天狗杉」があった場所と言われています。
上醍醐① 音羽大王大権現





漸く到着しました「上醍醐寺務所」です。午前中から雪模様で、登山はかなり大変でした。やはり西国一の難所と言われるだけの場所でした(^^;)
寺務所の門には「摂受庵」の名札もありますが、寺務所と客殿を兼ねた庫裡の名称のようです。その門からは大きな寺務所がうかがえました。
上醍醐① 上醍醐門

上醍醐① 上醍醐寺務所





門には入らず、左側の塀沿いに参道を進むと「醍醐山の略史」がありました。
上醍醐① 参道

上醍醐① 略史

「醍醐山は弘法大師の法孫である聖宝理源大師の開創になる。醍醐とは五味のなか最上の滋味といわれ、それは牛乳を精製し酪となし精錬を重ねて出来上がったものをいい、弘法大師は真言の教えをして一切仏教の最勝のものであるとし醍醐をもって喩とされている。
 醍醐寺縁起に聖宝尊師は貞観十六年(874)、「未だ令法久住の地を得ず、普明寺に於て仏法相応の霊地を祈念す、その祈請に応えて五色の瑞雲、当山の峰に聳え云々」とあり、また「師、雲を望み訪ねて嶺にいたり、白髪の老翁来りて古葉をかき分け水を掬んで、喫して曰く、ああ醍醐味なるかなと。師その化人なるを知りてこの山に伽藍を建て密法を弘めんとす。翁曰く、転法輪の勝地たり、密乗を弘めて衆生を利せよ、われ山主なり、永く和尚に献ぜん」と忽然として消え、そこに清涼な水が滾々と湧き出ていた。後に石を畳んで他日のしるしとす。更に山に大柏樹ありて三宝鳥その上に鳴く。その柏樹を伐り梵音加持し准胝、如意輪の観世音を刻み堂宇を建立し、翁の言をかりて醍醐寺と名づくとある。
 延喜の聖帝醍醐天皇の叡信厚く勅願寺となり、山上山下に堂塔が建立された。このあと聖宝尊師の弟子観賢僧正が醍醐寺の第一世の座主となり朱雀、村上両帝は五重の大塔を建立し、旧記によると五百有余の堂宇が立ち醍醐山万代の基盤が確立した。
 寺史に傑出した高徳を挙げれば、弘法大師の諡号奏請に力をいたし高野山の廟窟を開いて親しく更衣し奉った観賢僧正、平安期に三宝院を開基し醍醐山の繁栄をもたらした勝覚僧正あり、また東大寺再建に活躍した俊乗坊重源上人も、山に住み宋版の一切経を施入し西大谷に湯屋を建て西国巡礼に薬湯を供したという。足利尊氏が深く帰依した南北朝の歴史に名を留める賢俊僧正、また南朝復興に画策した弘真僧正、足利幕府の黒衣の宰相と義満の支持を受けた満済准后等々枚挙にいとまない。文明二年の戦火により醍醐山の堂宇が悉く消失したが豊臣秀吉の帰依を厚くし醍醐寺を中興した義演准后が、慶長三年三月有名な太閤秀吉「醍醐の花見」が行われたのを期に、ほぼ現在の伽藍に再興されたのである。
 上醍醐への道は険しく難所であるが、開山聖宝尊師は宇多天皇の勅を奉じて大峰山修行の道を再興し役行者の芳躅を明らかにした験者であり修験道の中興の祖と仰がれていることは忘れてはならない。現在の上醍醐から石山寺へ抜ける巡礼道も、昔は験者の往来する行者道でもあった。」




略史の近くには西国三十三所で良く見かける手書き風の鳥瞰境内図がありました。この絵は上醍醐のみの境内図みたいです。
上醍醐① 境内図





境内図の後ろの石段を上って行きますが、左手には国宝の「清瀧宮拝殿」がうかがえます。
上醍醐① 石段





「清瀧宮拝殿」は、懸造りで檜皮葺き入母屋造りの妻入り向拝付きとなっており、上醍醐の鎮守です。
上醍醐① 清瀧宮拝殿

手前の看板には、
「創立は寛治二年(1088)であるが、此の堂は永享六年(1434)に再建され現在に到っている。邸宅風の手法を用いたつつましやかで親しみやすい建築で、古風で純粋な伝統的手法が繊細で垢ぬけした姿で活かされており洗練された気品を備え、高く評価されている。」と書かれていました。




清瀧宮拝殿の先にありましたのは「醍醐水」です。聖宝・理源大師が山上に立てた隠遁場所で、大師は霊力によってこの泉を発見されたと言われているようです。
上醍醐① 醍醐水

上醍醐① 醍醐水の堂





更に石段を上がった先にあったのは何もない更地となった場所ですが、ここに西国三十三所観音霊場の第十一番礼所の「准胝堂」(じゅんていどう)があったようです。残念ながら平成二十年に焼失してしまったそうです。
上醍醐① 准胝堂跡





准胝堂を山手沿いに右に行くと、国宝「薬師堂」がありました。檜皮葺き入母屋造りで平安期の遺構が見て取れます。説明板には下記のように書かれていました。
上醍醐① 薬師堂

上醍醐① 薬師堂説明

「此の堂の創立は、延喜七年で開山聖宝理源大師の時に遡るが、現在の堂は保安二年(1121)に再建なったもので、山上伽藍に於ては最古の建造物で数少ない平安時代の遺構として貴重なものである。堂内蟇股は、所謂本蟇股の最も古い例の一つである。本尊薬師如来座像は脇侍の日光、月光両菩薩と共に国宝に指定されており聖宝の弟子会理僧都作になるもので貞観後期の豪快な気分を、十分に感じさせる優美な作品である。又、歴代の聖帝が御病気の平癒を祈られる度に金箔を尊像にはり加えられた事は有名であり「箔薬師」の名で厚い信仰を集めている。」



上醍醐の半分をお伝えしましたが、今回は此処までです。
次回上醍醐後半で残りの伽藍をお伝えします。



場所:上醍醐(醍醐寺)


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COMMENT

  • No.90 醍醐寺好き

    2度行ったことがありますが、1度目は怪我で足を引きずっていた時。半泣き状態で一番上まで行きました。紅葉の終わりの頃でも紅葉が物凄く綺麗なランキングに入っています。真っ盛りの時に行きたいとは思いますが、人がとんでもないでしょうねえ。どんなお堂なのか確認しながらだとかなり時間もかかりますが思い入れのあるお寺の1つです(^^)

    投稿者:bunbun 2023/10/21 (土) 14:48 [ 編集 ]
  • No.92 コメントありがとうございます。

    西国三十三所観音霊場の礼所で初めて伺ったんですが、上醍醐に登るときは雪が降ってなかったんですが、帰りは猛吹雪で下山が大変になりました。(^^;)
    紅葉良さそうですね~!でも京都の紅葉時期はとんでもない人なので、たぶん行けないかな…(笑)

    投稿者:akino1942 2023/10/22 (日) 22:00

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