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大人の事情 ~御朱印ライフ~

付き合いで始めた寺社(御朱印)巡り、今じゃ週末のライフワークになりました~♪

2023 08/13

[京都府] 学問の神様を祀る 長岡天満宮②


前回の続きで、京都府長岡京市天神にあります 
『長岡天満宮』(ながおかてんまんぐう)の後半をお伝えします(^^)/

写真の社殿は、前回とは違う角度から撮りました「拝殿」となります。
両側に翼楼が付いているようです。
長岡天満宮② 拝殿





駒札に縁起が書かれていました。
長岡天満宮② 縁起

「御鎮座地長岡は、菅原道真公が御生前に在原業平らとともに、しばしば遊んで詩歌管弦を楽しまれたゆかり深いところである。公が太宰府へ左遷された時、この地にお立寄りになり「わが魂長くこの地にとどまるべし」と名残を惜しまれた縁故によって、公御自作の木像をお祀りしたのが当神社の創立である。
 爾来皇室の崇敬篤く度々の御寄進御造営をうけ、寛永十五年(1638)には八条宮智仁親王によって八条が池が築造された。中堤両側には樹齢百数十年のきりしまつつじが多数植えられており、その見事さはわが国随一と言われ、花の季節には観光客で賑わう。現在の本殿は、昭和十六年に京都の平安神宮の本殿を移築したものである。」




拝殿の向拝にてお詣りをさせていただきました<(_ _)>
拝殿の右手にありました「長岡天満宮の建造物」について下記に記載します。
長岡天満宮② 向拝

長岡天満宮② 建造物説明

長岡天満宮の建造物
「地元開田村の氏神である長岡天満宮の境内は、江戸時代に八丈宮(のちの桂宮)家のまつる神社として社観の整備が重ねられてきました。近代になると、明治三十五年(1902)の菅原道真公千年忌を契機に組織された長岡保勝会によって、活発な社殿の建築が進められます。さらに昭和十六年(1941)には、平安神宮から本殿・祝詞舎・透塀が移築されました。
 江戸時代に形づくられた境内のなかに、近代の優れた建造物が建ち並ぶ特徴的な社観は、歴史的な価値や造形上の質において高く評価されています。」と書かれていました。





先程の建造物の絵によりますと、正面の木の後ろに見える横長の屋根が「透塀」で、朱塗りの拝殿奥にあり透塀が繋がっている部分が「祝詞舎」、その向こう側に見える檜皮葺の屋根が三間社流造の「本殿」になります。
長岡天満宮② 本殿





拝殿の左斜め前にありましたのは「白梅殿」です。中は休憩スペースとなっており、入口には牛の巨大絵馬が掛けられています。
長岡天満宮② 白梅殿





境内南側には長岡天満宮の中興の祖である「中小路宗城大人之像」と「中小路宗康大人之像」がありました。その隣には社務所の玄関と授与所、更にその隣に「紅梅殿」がありました。
長岡天満宮② 銅像

長岡天満宮② 社務所

長岡天満宮② 紅梅殿





紅梅殿の隣には境内社の「長岡稲荷神社」があります。拝殿の北側には一つの祠に「春日社」と「八幡社」、その手前には「交通安全祈祷殿」の扁額がある車祈祷所がありました。
長岡天満宮② 稲荷神社

長岡天満宮② 境内社

長岡天満宮② 車祈祷所





御朱印は授与所で書いて頂きました。
長岡天満宮


場所:長岡天満宮


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