2023
06/09
金
『観音正寺』(かんのんしょうじ)をお伝えいたします(^^)/
そびえ立つ一本の御神木がありますが、こちらは白蛇大明神を祀る霊杉となります。杉の下には小さい祠があり、そこでお祀りしているようです。
境内参道右手にあるこちらは「札堂」です。桟瓦葺き切妻造りの小堂で、昭和三年(1928)の再建ですが国の登録有形文化財に指定されています。
礼堂の隣にありましたのは、「護摩堂」です。桟瓦葺き入母屋造りで向拝付きとなっています。礼堂と同じ昭和三年に建立され、こちらも国の登録有形文化財となっています。
護摩堂の北隣にありましたのは「地蔵堂」です。桟瓦葺き宝形造りの小堂で、明治十四年(1881)の建立です。こちらも国の登録有形文化財となっています。
手前から地蔵堂、護摩堂、礼堂です。
本堂に行く前に、本堂東の山の斜面に造られている岩積みが圧巻の規模となっています。
中央には「縁結び地蔵尊」北側には水かけ観音の「魚濫観音」がありました。
銅板葺き入母屋造りで向拝付きの「本堂」です。平成十六年(2004)の再建と新しいです。正面扉上には山号の「繖山」と書かれた大きな扁額が掲げられていました。
本堂前にありました「観音正寺建立縁起」には以下のように書かれていました。
「観音正寺は今から1400年前、推古十三年(605)用明天皇の勅願により聖徳太子が建立されました。当山には聖徳太子にまつわる三つの伝説が伝わっております。」
聖徳太子伝説として以下の3つの伝説も転載しておきます。
人魚の伝説
「今から1400年前の用明天皇の御代、近江国を遍歴していた聖徳太子は琵琶湖の湖面から浮かび上がってきた人魚に出会います。人魚が語るには「私は生前、漁師をしておりましたが、あまりにも無益な殺生を繰り返していたためこのような姿になってしまいました。日々、湖中を彷徨い苦しみに堪えております。どうか私を元の人間の姿に戻していただき、成仏させてください。」と太子にすがってきたのでした。哀れに思った太子はこの人魚の願いを聞き入れ成仏させる事を約束します。人魚との約束を果たすために千手観音の像を刻み寺が建立されました。これが人魚の伝説です。」
天楽岩の伝説
「湖東を訪れた太子は、繖山(きぬがさやま)、別称天蓋山(てんがいさん)の山頂に紫雲が棚引いているのを見て、この山は霊山であることを知ります。太子はこの山に入り導かれるままに山頂まで登りますと、そこに巨岩が現れ、その巨岩の上で天人が舞うのを見、この山こそまさしく霊山であると悟られました。天人に導かれ巨岩が重なり合った岩室に籠って瞑想しておりますと、目の前に天照皇大神宮と春日大明神の二神が現れ「山上に湧く水で墨をすり千手観音のお姿を描くように」とお告げを受けます。太子はお告げの通り墨をすり、水湧く池の辺りに立つ柳の枝で筆を作り千手観音を描きました。そして、千手の御影を柳の枝にかけると同時に、次は釈迦如来と大日如来の二仏が現れ「繖山の霊木にて千手観音を彫像しなさい」と啓示を受けます。太子は尊像を刻み、天人が舞っていた巨石に安置して国土安穏の祈りを捧げました。そしてこの尊像を安置するために堂塔が建立されました。これが天楽岩の伝説です。」
星の伝説
「「天楽岩」と名づけられた巨岩のある聖域が繖山の中心的な聖地となり、現在は奥之院と呼ばれています。奥之院には人間の生命の営みを象徴する男岩・女岩があり、その中央に天楽岩へと続く石段が続いております。そもそも奥之院は当山の出家者か修行僧しか入ることを許されておりませんでした。奥之院の磐座(いわくら)の内部には、太子が繖山で山籠した折に、天上に北極星と北斗七星がひときわ輝いているのを見て描いたとされる北天の中心の星・北極星を仏の姿として表現した妙見菩薩(尊星王菩薩)とその他の四仏、合わせて五仏のお姿が描かれています。これらの五仏は太子自ら厄難を除くために描いたと伝わっております。当山には北斗七星を祈る尊星王法が伝承されており、毎年二月の節分にはその法要が厳修されております。
これらの伝説は1400年間代々語り継がれてまいりました。この人魚伝説、星の伝説からは災難を除いてくれるという「厄難除け」、そして天人に太子が導かれたことや、男岩、女岩の巨岩からは「縁結び」というご利益が伝えられているのです。良縁は男女だけではありません。人生の中で良き縁に恵まれることは、たとえ災難が起こったとしても乗り越えることができ、善き人生が歩めるのです。
当山は観世音菩薩が住する聖地であり、善き人生を歩むために祈りを捧げる聖地なのです。」
何故か正面の入口からは入れないようになっていましたので、東側から本堂内に入ります。
本堂外陣の西側に納経所がありますので、そこで御朱印帳を預け御朱印をいただきます。
正面向かって右側の柱は「施無畏の抱きつき柱」とあり、枝の節がそのままの太い柱が使われています。柱の上には風神雷神像が眼下を見定めるように安置されています。柱に結ばれた五色紐は結縁紐で御本尊の千手千眼観音と結ばれているそうです。
本堂から見た境内は、山の斜面を切り開いてつくられているのがよくわかり、巨木の御神木である杉の霊木が一際目立っておりました。
御朱印は西国三十三所の御本尊です。
場所:観音正寺





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