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大人の事情 ~御朱印ライフ~

付き合いで始めた寺社(御朱印)巡り、今じゃ週末のライフワークになりました~♪

2022 07/14

[東京都] 浅草寺本堂横に鎮座 浅草神社


浅草寺のお参り後は、本堂の東隣にあります
『浅草神社』(あさくさじんじゃ)に寄りました(^^)/

入口も浅草寺境内から繋がっていますので、最初は浅草寺内にあるのかと思いました(^^;)

浅草神社 入口





入口右手に「浅草神社」と刻まれた社号碑がありました。五月の例大祭に三社祭が行われることから、別名「三社様」や「三社権現」とも呼ばれるようです。

浅草神社 社号碑





社号碑よこの玉垣上に御由緒等が書かれていました。

浅草神社 由緒等

「推古天皇三十六年(628)三月十八日の朝、漁師の檜前浜成・竹成兄弟が、浅草浦(現在の隅田川)で漁労に精を出していたところ、その日に限り一匹の魚も獲れず、投網に掛かるのはただ人形の尊像だけで、幾度か海中に投げ入れ場所を変えても同じ事の繰り返しです。流石に兄弟は不思議に思い、その尊像を捧持して今の駒形より上陸し槐の木の切株に安置しました。当時、郷土の文化人であった土師真中知に一見を請うたところ、現世御利益の尊い聖観世音菩薩の仏像であると告げられました。
 土師氏は間もなく剃髪して僧侶となり、自宅を新たに寺と構え、先の観音像を奉安し、供養護持の傍ら郷民の教化に生涯を捧げました。いわゆるこれが浅草寺の縁起となります。
 後世となり土師氏の子孫が聖観世音菩薩の夢告を蒙り、郷土発展の功労者である祖先等を浅草寺の傍らに鎮守するようにと告げられ、前述三氏を郷土神として祀る三社権現社が茲に創建されました。
 奇しくも、明治元年の神仏分離により社名を三社明神社と改め、同五年には社格が郷社に列せられ、翌六年に浅草郷の総鎮守として現在の浅草神社に定められました。そして今でも、氏子の方々にはその名残から「三社様」と親しまれています。」


御社殿についてはこちら

「現在の御社殿は慶安二年(1649)に徳川三代将軍家光公により寄進・建立されたもので、本殿に弊殿を附属させ、渡りの間で繋いだ拝殿からなる権現造り風の様相を呈し、柱や壁等各部の漆塗りと随所には極彩色を用いた彫刻・刳形が施され、その細部に至る手法は時代の象徴を示しています。
 江戸の大火をはじめ関東大震災や東京大空襲等の被災を奇跡的に免れ、昭和二十一年に国宝建造物に、更に昭和二十六年には国の重要文化財に指定され、江戸初期を代表して現存する貴重な木造建築物です。
 これまでも各時代に修復作業が度々行われており、現代においては昭和三十六~三十八年の昭和の修営、平成六~八年の大修営に依って、その荘厳さが見事に復刻・再現されました。」




石製の鳥居は靖国鳥居でしょうか?護国神社以外ではあまり見られない形です。

浅草神社 鳥居





鳥居をくぐり、左側にあったのは「初代 市川猿翁句碑」

浅草神社 句碑

「翁の文字まだ身にそはず 衣がえ」 猿翁 と書かれているようです。




真っ直ぐ伸びた石畳の境内参道の先にあるのが、国の重要文化財となっている社殿(拝殿)になります。

浅草神社 境内





境内の右手に、銅板葺き入母屋造りの「神楽殿」がありました。

浅草神社 神楽殿





参道途中には、ちょっと見慣れない江戸時代の「狛犬」がありました。頭の毛がふさふさで、愛嬌があっていい感じです。

浅草神社 狛犬





中央の狛犬を過ぎると、左手に「手水舎」がありましたので、身を清めます。

浅草神社 手水舎





本瓦葺き入母屋造りの「拝殿」です。
江戸時代前期の建立ですが、立派な装飾が艶やかです。
三間ある向拝の蟇股や拝殿の入口上の壁には、色鮮やかに調色された彫刻が並びます。向拝に大きな賽銭箱がありましたのでお詣りをさせていただきました<(_ _)>

浅草神社 拝殿

浅草神社 向拝





最初に由緒がありましたが、拝殿前にもあったので載せておきます(^^)/

浅草神社 説明板

「明治初年の文書によると、祭神は土師真中知命・桧前浜成命・桧前竹成命・東照宮である。浜成と竹成は隅田川で漁猟中、浅草寺本尊の観音像を網で拾い上げた人物、真中知はその像の奉安者といわれている。三神を祀る神社なので、「三社様」と呼ばれた。しかし鎮座年代は不詳。東照宮は権現様すなわち徳川家康のことで、慶安二年(1649)に合祀された。以来、三社大権現といい、明治元年(1868)三社明神、同六年浅草神社と改称した。
 現在の社殿は慶安二年十二月、徳川家光が再建したもの。建築様式は、本殿と拝殿との間に「石の間」(弊殿・相の間ともいう)を設け、屋根の棟数の多いことを特徴とする権現造。この社殿は江戸時代初期の代表的権現造として評価が高く、国の重要文化財に指定されている。毎年五月に行われる例祭は「三社祭」の名で知られ、都指定無形民俗文化財「びんざさら」の奉演、百体近い町神輿の渡御があって、人々が群集し、賑やかである。」




拝殿の右横にあった「社務所」です。まだ新しいのかな?銅板葺きの色が緑青色ではありません。玄関横の授与所にて御朱印をいただいて参りました。

浅草神社 社務所





社務所の手前には「神輿庫」がありました。
三社祭に使われるものが入っているんでしょうね~

浅草神社 神輿庫





拝殿の右側には、末社の「被官稲荷神社」がありました。

浅草神社 末社




最後に「拝殿」の正面全景ですが、今回も肝心の幣殿、本殿を撮ってくるの忘れました…すいません。因みに幣殿・本殿共に国の重要文化財となっています。

浅草神社 拝殿②



御朱印です。
浅草神社



場所:浅草神社


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