2022
04/15
金
『橿原神宮』(かしはらじんぐう)に行きました(^^)/
入口前は広いスペースが取られており、右側にある
駐車場に向かう道路の反対側から撮りました。

入口左手の大きな社号碑には「橿原神宮」の正式名が刻まれています。
高さ10mは超えるかと思われる「一ノ鳥居」は木製の明神鳥居になります。
両脇に灯籠がズラ~っと並ぶ参道の巾はかなり広く、淡い色の砂利で綺麗に整備されています。
少し歩くと石製の神橋(太鼓橋)を渡った所に「二ノ鳥居」がありました。
二ノ鳥居も一ノ鳥居と同様で木製の明神鳥居です。若干二ノ鳥居の方が大きいかな?(^^;)
参道の突き当たりは高木が生い茂る森が見えます。ここから右に曲がり「神門」をくぐって境内に入りますが、先に左手にあります「手水舎」で身を清めます。
大きい手水舎はセンサー式で自動に水が出るように作られており、現代事情を感じます。
「南神門」なので、ここで北向きとなりました。後ろ(南神門向かい側)には、大きな「深田池」が広がっていました。
「南神門」は素木建ての八脚門で、銅板葺き切妻造りとシンプルな造りとなっています。
南神門入った所から見た境内全景です。めちゃくちゃ広い!
右手には、おみくじ・お札・お守等各種受付と休憩所があります。
左手には、祈祷受付や御朱印受付等の授与所があります。
左側に見える建物が「外拝殿」となりますので、そこに向かいます。
両脇に長い廻廊を連ねた銅板葺き入母屋造りの「外拝殿」です。
昭和14年に建てられた外拝殿は、総石張りの床とほどよい年期がうかがえる建物の木の風合いが美しいです。
外拝殿から先は行けませんでしたが、正面に見えるのが「内拝殿」になります。銅板葺き入母屋造りは外拝殿と同じです。内拝殿は重要な祭典に使用され、特別参拝の時にしか一般の人は入れないようです。
内拝殿の屋根の上に見える金色の千木・鰹木が弊殿で、更にその奥に重要文化財の本殿があります。
今回はどこにも由緒等が記された物がありませんでしたので、ホームページから橿原神宮の歴史を掻い摘まんで書いておきます。
「神武天皇は、天壌無窮(てんじょうむきゅう)の神勅を承け、天業をおし弘めようと、九州の日向国の高千穂の宮から東遷の壮途に就かれた。そして、国内を統一し、畝傍(うねび)山の東南・橿原の地に皇居を営んで、即位の礼をあげられた。明治の時代になり、天皇の御聖徳を景仰して、この橿原宮跡に神宮創建の請願が民間有志から起こり、これを深く嘉せられた明治天皇の御聖慮により元京都御所の賢所と神嘉殿を本殿と拝殿として下賜され、明治23年4月2日官幣大社・橿原神宮として御鎮座された。」
境内の奥の方(外拝殿の右奥)にあったのは「土間殿」です。舞台と客席があるので、何かの祭事に使用されるのかな?
外拝殿には巨大な開運絵馬が掲げられていました。
外拝殿の左手にあったのは「神楽殿」です。
さっきの土間殿との使い分けがよくわかりませんが…(^^;)
授与所にて御朱印を書いていただきました。
御朱印
場所:橿原神宮





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