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大人の事情 ~御朱印ライフ~

付き合いで始めた寺社(御朱印)巡り、今じゃ週末のライフワークになりました~♪

2021 04/05

[愛知県] 令和三年初詣 コロナ終息祈願 津島神社2


前回に続いて令和三年初詣時の、『津島神社』(つしまじんじゃ)になります(^^)/
以前のブログ「尾張津島天王祭の津島神社」も併せてご覧下さい。

前回は正門側からのご報告をさせていただきましたが、今回は東門からとなります。
東側の大鳥居です。参道が正門より短いので、出店屋台も沿道にひしめきあっています。

津島神社③ 東鳥居




屋台の隙間から「津島神社」と刻まれた社号碑を撮らせていただきました(^^;)

津島神社③ 東社号碑




右側に出店屋台が集中していますが、この裏側にも敷地があり出店が出ていました。

津島神社③ 東参道




参道の左側奥に「齋館」と書かれた札がありますが、表の石柱には社務所とありました。社務所は新しくなるのか、工事中のようでした。

津島神社③ 社務所




石製の反りが大きい太鼓橋です。今は脇道を通って使われていません。

津島神社③ 太鼓橋




太鼓橋の左側にありましたのは、右から末社の「愛宕社」と「橋守社」です。境内末社は全部で30社あるようです。

津島神社③ 橋横末社




太鼓橋の右手には南門側と同様で、コロナ対策のために柄杓は片付けられ、青竹に通した水を所々開けられた穴から出る水での手洗いとなっております。

津島神社③ 東手水舎





三間一戸の檜皮葺き入母屋造りで天正十九年(1591年)豊臣秀吉の寄進となる楼門は国の重要文化財となります。
東門(楼門)は見てわかるとおり、南門(正門)より豪華で大きいです。
何故正門じゃない方が大きいかと言いますと、江戸時代まで神社東側に天王川が流れ、東約100mの馬場町の「大銀杏」の所にお旅所があり、この門を通り神輿渡御が行われていたため、神橋を構えあたかも正門の如き壮大な楼門が建立されたと思われるようです。

津島神社③ 楼門




鳥居より東約100mのところにある、御旅所があった場所になる御神木の「大銀杏」です。

津島神社③ 大銀杏




こちらには南門にあった由緒より詳しく書かれています。

津島神社③ 由緒あらまし

「津島神社は古くは津島牛頭天王社と申し今日なお一般に「お天王さま」と尊称されております。
大神は国土経営・産業開発にお力を致され民生の安定に限りないご仁慈を垂れさせられた御神徳は広大でありますが、わけても津島のお社は人の身に起こる災厄と疫病(はやりやまい)除けの守護神として、また授福の大神としてあまねく世に知られて居ります。
 社伝によれば当社は欽明天皇元年(西暦540年)のご鎮座で弘仁元年正一位の神階と日本総社の号を奉られ、一条天皇の正歴年中、天王社の号を賜ったと伝えられ、いわゆる諸国の天王社の本社として全国に約三千の御分霊社があります。
 御鎮座以来、歴代の武門貴賎から篤く尊崇されましたが、殊に戦国時代津島の隣り勝幡城出身の織田氏は、当社を氏神と仰いで造営その他に協力し、秀吉公を始め豊臣一門は織田氏に続いて社領を寄進し造営を援けるなど尊信し、現在の重要文化財指定の楼門は天正十九年(西暦1591年)秀吉公が寄進され、また愛知県文化財指定の南門は慶長三年(西暦1598年)秀吉公の病気平癒を祈願して秀頼公より寄進になったものであります。
 又現在の御本殿は慶長十年(西暦1605年)清洲城主松平忠吉公(家康の四男)の病弱を憂えた妻女政子の方の寄進になった建物で重要文化財に指定されております。
正保四年尾張藩主徳川義直公は社領として津島向島の地で高1,293石余を寄進し後に将軍家綱公の朱印状を以って幕府寄進の神領地となり明治維新まで続きました。
 幕府光格天皇以降、朝廷内々のお沙汰を以ってしばしば歴代の主上親王様方のご祈祷を仰付けられ又有栖川家のご祈祷所をも仰付けられました。
明治六年県社に大正十五年国幣小社に列せられましたが、終戦後この制度は廃止されました。」

ちゃんと、「疫病除けの守護神」として古くから御神徳があるようなので、コロナもお願いいたします<(_ _)>




楼門過ぎて、北側にあります「神府守礼授与所」です。ここで御朱印をいただいて参りました。

津島神社③ 授与所




社殿と授与所の間にある「祈願絵馬掛処」と、絵馬掛処と授与所間の通路先にある摂社の「荒御魂社」です。

津島神社③ 絵馬掛け

津島神社③ 北摂社




途中社殿側の「上神饌所」の向こう側に屋根だけ見えている「本殿」になります。本殿は檜皮葺き流造りで国の重要文化財に指定されています。

津島神社③ 本殿




拝殿を、前回アングルとは違う向きから撮っています。拝殿の後ろにある「回廊」です。何か神事をやっているようでした。

津島神社③ 拝殿南東から

津島神社③ 回廊





拝殿前の境内東側にあります、「旧授与所」です。たぶん普段は使われていないんでしょうけど、人手が多いときに使用している感じでした。

津島神社③ 旧授与所





旧授与所南側にあるたくさんの摂末社です。回り込んだその奥には摂社の「柏樹社」がありました。

津島神社③ 南末社

津島神社③ 南摂社




境内南東よりの全景です。とにかく人で賑わっていました。

津島神社③ 境内全景




御朱印は以前いただいた物とはちょっと違う「宝船」が押印してありました。
津島神社③


場所:津島神社


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COMMENT

  • No.65 こんにちは、

    津島神社は隣町にあり、夏には近くの天王川で川祭りが行われ、飾り付けた多くの船がでます。
    私の若い頃は景気も良く盛大に行われましたが、織物が斜陽になると規模も小さくなりました。
    信長が御忍びで川祭りを見に来たと言われております。

    投稿者:春駒 2023/01/24 (火) 13:48
  • No.67 コメントありがとうございます。

    私の家からは1時間ほどかかる場所に津島神社はありますが、こんなに素晴らしく大きな神社があることを、御朱印を始めるまで知りませんでした。
    尾張津島の天王祭はユネスコの無形文化遺産に登録されるほど素晴らしいものなので一度見てみたいですね~

    投稿者:akino1942 2023/01/25 (水) 21:13

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