2020
02/04
火
山中温泉医王寺の参拝後は、北に5㎞の場所にある山代温泉の『温泉寺』(おんせんじ)に行きました(^^)/
写真は明治時代の総湯を復元し、外観や内装だけでなく、入浴しながら温泉の歴史や文化が楽しめる加賀山代温泉の「古総湯」です。新たな「総湯」もこの建物の向こう側にあります。

総湯側に
歩いて行くと、道路沿いに「山門」が見えてきました。寺号碑に「花山法皇勅願所 山代温泉守護」と書かれています。その下には「霊方山薬王院温泉寺」と山号、院号、寺号と正式名称が書かれていました。

山門の手前には霊場の石碑があります。右の小さい方に「北陸白寿観音第十番」「北陸不動第三十三番」、左の大きい方は「四国八十八ヶ所加賀霊場」となっているようです。
山門入口の扁額は山号の「霊方山」と書かれています。
山門を通ると、次に「仁王門」がありました。山門は桟瓦葺き切妻造りでしたが、こちらは銅板葺き切妻造りで入口上が唐破風付きとなっています。
仁王門の扁額は「薬王院」と院号が書かれていました。
仁王門の両脇には仁王像(金剛力士像)が睨みを利かしていました。
境内に入って、薬王院温泉寺の説明板には、
「霊方山薬王院温泉寺は今を去る1300年、聖武天皇の神亀二年(725年)僧行基が白山登拝の道すがら、この地に立ち寄られたとき、一羽の鳥の湯あみを見て温泉の湧出を発見したという。
よって温泉鎮護のために一宇を建立し、ここに薬師如来を祀り白山権現を勧請したのがこの温泉寺の始まりであるという。
時を経て花山法皇が比丘明覚を従えて北国巡歴のとき、当温泉に入浴されその効、優れるをみて温泉寺を中興し七堂伽藍を建立したとされる。ときは移りて巨樹緑陰をつくり、青苔随所に地を覆い紅葉の季を迎えれば全山紅に染まり、一歩足を境内に進めれば居ながらにして仏界を思わす境地となる。」と、書かれていました。
仁王門入った正面に「地蔵堂」、左の石段上がった左手に「本坊」の入口があります。2枚目の写真が本坊(庫裏)になります。
本坊を右手に東を向くと、境内参道の向こうに朱色の本堂がありました。右側には「温泉守護 薬師瑠璃光如来」と書かれた石碑があります。
参道左手には八角形の形をした「慈光観音堂」がありました。入口には「慈光観音」の扁額も掲げられていました。
先程の「温泉守護~」と書かれた石碑の横に手水舎がありましたので身を清めてお参りに進みます。
石段下からの本堂です。正面は南向きに向拝付きとなっています。
石段を上がって、右手に開基である「行基菩薩」の像と、奥に鐘楼がありました。
銅板葺き入母屋造り、桁側流造唐破風向拝付きで朱色に彩られた本堂です。後ろのビルがなんとも…(;^ω^)
「温泉寺」の扁額がある向拝にてお参りをさせていただきました<(_ _)>
本堂から東の森の中にあります「開山堂」です。明覚上人の供養塔が中にあり、国の重要文化財に指定されています。
本坊に戻り、御朱印を書いていただきました。
場所:温泉寺



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