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大人の事情 ~御朱印ライフ~

付き合いで始めた寺社(御朱印)巡り、今じゃ週末のライフワークになりました~♪

2020 01/17

[京都府] 京都大学隣り吉田山に鎮座 吉田神社


真正極楽寺(真如堂)に続いて向かったのは、
西へ500mほど行った所にありました『吉田神社』(よしだじんじゃ)です(^^)/

真如堂から来ていますので、神社境内を通り越して最も西にある「一の鳥居」まで来ました。北側には京都大学の吉田キャンパスがあります。

吉田神社(京都市) 入口




右手には社号碑に「吉田神社」と書かれていました。名前の上には「下り藤(さがりふじ)」の神紋が刻まれています。

吉田神社(京都市) 社号碑




砂利敷きの長~~~い参道が続きます(^^;)

吉田神社(京都市) 参道



石段の手前に「二の鳥居」がありました。その手前左側には手水舎がありましたので、身を清めます。

吉田神社(京都市) 二の鳥居

吉田神社(京都市) 手水舎




二の鳥居をくぐると、末社の「今宮社」がありました。

吉田神社(京都市) 今宮社




石段を上がると境内です。途中には堂々と杉の木が2本あります。

吉田神社(京都市) 石段




境内に入り北向きに「三の鳥居」があります。参道から境内までかなり綺麗に整備されていますので、とても気持ちが良いです。

吉田神社(京都市) 三の鳥居




鳥居際に吉田神社の説明板(由緒)が書かれていました。

吉田神社(京都市) 説明板

「祭神として建御賀豆知命(たけみかづちのみこと) ・伊波比主命(いわいぬしのみこと)・天之子八根命(あめのこやねのみこと)・比売神(ひめがみ)の四神を祀る。
 清和天皇の貞観元年(八五九)四月、古くからの霊域であったこの吉田山に、中納言藤原山蔭(ふじわらのやまかげ)卿が平安京の鎮守神として春日の四神を勧請し、以来、朝廷の信仰も厚く、正暦二年(九九一)には、朝廷から特別の奉幣を受けるニ十ニの社「ニ十ニ社」の前身である十九社奉幣に列する。
 次いで、室町時代の中頃、神官の吉田(卜部)兼倶(かねとも)が吉田神道(唯一神道)を大成し、山上に斎場所大元宮(だいげんぐう)を造営してから、吉田流神道の総家として明治に至るまで神道界に大きな権威を誇った。大元宮(重要文化財)には全国の神々が祀られ、ここに参ると全国の神社に参ったのと同じ効験があると信仰されている。
 本殿は慶安年間(一六四八~一六五一)の建築で、朱塗春日造である。境内には、大元宮のほか、地域の氏神・雷除神として有名な神楽岡社、吉田兼倶を祀る神龍社、料理の神を祀る山蔭神社、お菓子の神を祀る菓祖神社など多彩な末社、摂社が多い。
 毎年節分の日を中心に三日間行われる節分祭は、疫神祭・追儺式・火炉祭の三部に分かれ、追難式は「鬼やらい」として特に有名で、毎年多数の参拝者でにぎわう。」



三の鳥居の右横には「着到殿」(ちゃくとうでん)がありました。元治二年(1865年)に建立された着到殿は勅使が着到の儀式を行う場所らしいです(^^;) 左側階段奥には摂社の「神楽岡社」がありました。

吉田神社(京都市) 着到殿




三の鳥居の前には、檜皮葺の「舞殿」があります。着到殿と同じく元治二年(1865年)に建立されています。

吉田神社(京都市) 舞殿




舞殿の右手には、酒樽が積まれた「直会殿」(なおらいでん)があります。

吉田神社(京都市) 直会殿




南向き檜皮葺四脚門の「中門」は、寛文十二年(1672年)の修造とあります。

吉田神社(京都市) 中門




ここより中には入れませんので、中門向拝にてお詣りをさせていただきました<(_ _)> 奥に鳥居が見えますが、更に奥に社殿が四つ並んでいるのが本殿になります。天文三年(1534年)に再建されており切妻造り妻入りの春日造りとなっていました。
御祭神は「由緒」をどうぞ(^^)/

吉田神社(京都市) 中門向拝




境内を出て南に歩くと末社があります。1枚目の「菓祖神社」は菓子の祖神で、菓子業界の信仰を集めます。2枚目の「山蔭神社」は吉田神社の創始者「藤原山蔭」を祀ります。

吉田神社(京都市) 菓祖神社

吉田神社(京都市) 山蔭神社




一番南にありましたのは、「斎場所大元宮」(さいじょうしょだいげんぐう)です。

吉田神社(京都市) 大元宮鳥居

吉田神社(京都市) 大元宮社号




斎場所大元宮の中門です。本宮と同じで、檜皮葺の中門前向拝にてお詣りをさせていただきました。

吉田神社(京都市) 大元宮中門

吉田神社(京都市) 大元宮向拝




斎場所大元宮の説明板には

吉田神社(京都市) 大元宮説明板

「天神地祇八百万神を祀る大元宮を中心とし、周囲に伊勢二宮をはじめ、全国の延喜式内社三千百三十二座を奉祀する。
 もとは、神職の卜部(吉田)家邸内にあったものを文明十六年(1484)に、吉田神道を創設した吉田兼倶がここに移建したもので、吉田神道の根本殿堂とした。
 天正十八年(1590)には天皇守護のため宮中の神祇官に祀られていた八神殿が社内後方に遷され、慶長十四年(1609)から明治四年(1871)まで、神祇官代としてその儀式を執行した。
 本殿(重要文化財)は慶長六年(1601)の建築で、平面上八角形に、六角形の後房を付した珍しい形をしている。屋根は入母屋造で茅葺、棟には千木をあげ、中央には露盤宝珠、前後には勝男木を置く特殊な構造である。この形式は密教・儒教・陰陽道・道教などの諸宗教、諸思想を総合しようとした「吉田神道」の理想を形に表したものといわれる。
 全国のあらゆる神々を祀るため、当社に参詣すると、全国の神社に詣でることと同じ効験があるとされ、毎年節分の日を中心に前後三日間行われる「節分祭」には多数の参詣客で賑わう。」

とありました。



重要文化財の本殿です。かなり変わった形をしています。

吉田神社(京都市) 大元宮本殿




舞殿の西側にありました社務所にて御朱印をいただきました。
吉田神社(京都市)


場所:吉田神社(京都市)


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