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大人の事情 ~御朱印ライフ~

付き合いで始めた寺社(御朱印)巡り、今じゃ週末のライフワークになりました~♪

2019 10/22

[愛知県] 小牧市民まつりと小牧山城(小牧市歴史館)


最近はかなり忙しく、とうとう紹介するブログネタの御朱印がなくなってしまいました(^^;) 休み毎に雨が降っているのも重なり、今回は先日の日曜日に何とか廻って来た場所を紹介します(^^)/

今回初めて行ったのは、家から車で約1時間の場所にあります、愛知県小牧市です。まず最初の場所は、小牧山頂上にあります『小牧山城(小牧市歴史館)』(こまきやまじょう)となります。行くまで全く知らなかったんですが、当日は「小牧市民まつり」を開催していまして、メチャクチャな人に驚きました。。。

小牧山城① まつり看板




南東にあります「史蹟 小牧山」と刻まれた石碑の前です。お祭りもここが入口となっていまして、昨日からやっているお祭りは小牧市民で溢れかえっていました。

小牧山城① 入口

小牧山城① まつり①

小牧山城① まつり②




ここからは、「史跡小牧山」の総合案内図を元に、頂上までのルートを確認して、くまなく探索したいと思います。

小牧山城① 案内図




入口から南側の道路沿いに小牧山敷地の真ん中辺りに来ました。ここが資料によりますと小牧山城の表口(大手口)になります。ちょうど小牧市役所の真ん前ぐらいです。門とか期待しましたが、大きな広場になっています。

小牧山城① 表門




真ん中にあった看板には「小牧山城」の歴史と江戸時代の地図などが紹介されています。

小牧山城① 表門資料




今の広場(表口)を西側の高い場所(大手道)から見ています。

小牧山城① 表門全景




「大手道」の説明板がありました。
ここから階段になっている大手道を登って頂上まで向かいます。

小牧山城① 大手道




階段途中に「徳川源明公墓碑」がありました。尾張徳川家九代藩主で、昭和28年の区画整理でこの場所に移転されたようです。

小牧山城① 徳川墓碑




表門のあった場所の上に、お堀のような地形をした場所がありました。復元しようとしてるのかな?たまたまかな?(^^;)

小牧山城① 堀




中段まで登ったところの左手に「小牧山稲荷神社」がありました。

小牧山城① 稲荷①

小牧山城① 稲荷②

小牧山城① 稲荷③




大手道中段です。大手道は更に階段が続きますが、右手には「桜の馬場」があります。春はソメイヨシノが咲き乱れるようです。

小牧山城① 大手道中段

小牧山城① 桜の馬場





頂上にある「歴史館」のすぐ下まで来ました。主郭の段築状石垣の遺構調査の内容が書かれた看板が並んでいます。「転落石」とありますが、これも石垣の一つだったんでしょうか?

小牧山城① 石垣調査

小牧山城① 転落石




小牧山城(小牧市歴史館)を南側下から望んでいます。

小牧山城① 天守下から




小牧山城天守閣(小牧市歴史館)の手前に建っていました、尾張徳川家十九代「徳川義親」氏の銅像がありました。

小牧山城① 銅像




小牧山城天守閣(小牧市歴史館)の全景です。鉄筋コンクリート造3層4階建てになります。屋根が銅葺きで緑青が出ているので趣があります。

小牧山城① 天守全景




国指定史跡「小牧山」と歴史館の説明がありました。

小牧山城① 小牧山説明板

「小牧山 
 標高85.9メートル 面積21万平方メートル(約63500坪)
 小牧山は、本市のほぼ中央、市街地の西側にあって、濃尾平野に孤立する小さな山で、昭和2年一般に公開、この年国より史跡の指定を受け、その後徳川家から小牧町(当時)へ寄付されました。この山は古くから桜の名所として親しまれ、今日では四月上旬に「小牧山さくらまつり」が催され、たくさんの見物客でにぎわいます。
 歴史館(小牧城)は昭和43年、平松茂翁(故人)が私財を投じて建設し小牧市に寄付されたもので、鉄筋コンクリート三層四階建て、高さ19.3メートル、秀吉が京都聚楽第に建てた飛雲閣(現西本願寺内)をモデルにして名古屋工業大学城戸久教授(故人)の設計によって建てられました。館内は市指定文化財の銅鐸、銅鏡をはじめ考古・民族・歴史資料や小牧・長久手合戦のパノラマなどが展示されて小牧市の歴史をすることができます。
 永禄六年(1563)織田信長が美濃(岐阜)に進出する大志のもとに、地の理を得たこの山に目を付け、清須(洲)城から移ると共に山全体を要塞にするため、山頂から麓まで五段の塁濠をつくり、山頂に屋敷、南側に大手道、北側に搦手道をつくりました。中腹には馬場をつくったり、井戸を掘ったり、また要所に重臣の邸宅を置きました。当時は、北側は池沼で自然の要害であったため工事は省かれましたが、南側は原野であったため大工事であって、あちこちに堀をつくりましたが、それらは今なお山中にみられます。その後信長は美濃に攻め入って岐阜稲葉城に移り住んだので、この山は自然廃城となりました。そして小牧・長久手の戦で再び歴史の舞台に登場してきます。

 天正小牧山合戦
 天正十年(1582)の本能寺の変の後、信長の後継者問題で二男信雄と秀吉が対立、秀吉は信雄を懐柔しようとしますが、これに応じずかえって反逆したため北伊勢の居城を攻撃します。信雄は驚き家康に援助を求めたところ、信長に恩のある家康はこれを引き受け、自ら大軍を率いて清須(洲)城に入り、地の利第一の小牧山に軍を進めました。一方秀吉は大坂(阪)城を出て犬山に入り、市内の岩崎山を中心にこの付近各地に巾広く砦を築いて、小牧山の家康・信雄軍と対峙しました。この時の両軍の兵力は十万余と言われます。しかし、戦いは小ぜり合いを繰り返し、長く膠着状態が続きました。秀吉は、部下池田信輝の再三の進言によって、家康の居城である岡崎城を攻撃すれば一挙に解決するものと考え、軍の一部を密かに移動させますが家康軍に気付かれ、家康自ら秀吉軍を急進撃します。これが長久手を舞台に繰り広げられた長久手の戦いで、家康軍の完勝となりました。」



天守の下からでは高木が邪魔であまりいい景色が撮れませんでした(^^;)

小牧山城① 景色




説明板の付近(南西)から撮った天守閣(資料館)です。大きさの違いは普通レンズと広角の違いです。やっぱりワイドはいいです(^^)/

小牧山城① 全景普通

小牧山城① 全景広角




いよいよ天守閣(歴史館)に入ります。入口は唐破風造りとなっており、形が出来ています。入場料は大人100円なんですが、当日は小牧市民まつりと言うことで、タダで入らせて頂きました。ラッキー(^^)/

小牧山城① 城入口




今回はここまでです(・∀・) 次回は天守閣内部からと、まだ見ていない小牧山の史跡等を紹介していきます。
あることを全く知らなかったんですが、最近始められた登城印です。小牧城を最初に築いた織田信長の印が入った登城印です。

小牧山城①


場所:小牧山城(小牧市歴史館)



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