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大人の事情 ~御朱印ライフ~

付き合いで始めた寺社(御朱印)巡り、今じゃ週末のライフワークになりました~♪

2019 08/08

[三重県] 日本三大護摩の一つ 世義寺


月夜見宮参拝後、倭姫宮へ行く途中に地図を見てたら『世義寺』(せぎでら)を発見しましたので、ちょっと寄ってみました~(^^)/
住宅街の坂の途中、道路からちょっと中に入った所に山門がありました。

世義寺 入口



この山門は、三重県度会郡玉城町にあった田丸城の城門が移築されているそうです。寺号標はなく、山門両側には「具足神通力」「福聚海無量」と観音経の言葉が刻まれています。

世義寺 山門



山門をくぐり、目の前に護摩壇と護摩堂がありました。山号は「教王山」で、正式名称は「教王山 神宮寺 宝金剛院」と言います。通称(別称)が世義寺になり、真言宗醍醐派の寺院です。毎年七夕の日に日本三大護摩の一つと言われる「柴燈大護摩(さいとうおおごま)」が行われ、大勢の見物客で賑わいます。

世義寺 護摩壇と護摩堂



右手に手水舎がありましたので、身を清めます。

世義寺 手水舎



境内には、手水舎の横、山門横、護摩堂横に名前のわからない小さなお堂がありました。

世義寺 堂①

世義寺 堂②

世義寺 堂③



護摩を焚く炉を据える護摩壇です。この真ん中で護摩の時に火を起こします。

世義寺 護摩壇



本瓦葺き方形造りの「護摩堂」です。開基は行基で、本尊は愛染明王となっています。三重四国八十八ヶ所霊場の第八十四番礼所になります。

世義寺 護摩堂

創立と背景は、

「世義寺の創立は、天平十三年(741)開祖行基菩薩が聖武天皇の勅により、鎮護国家の祈願所として伊勢の前山に、建長年間には、外宮の西へ、次いで寛文十一年には現在地に移り、この地には塔頭十九ヶ寺を有しておりましたが、明治維新の廃仏毀釈により護摩堂(威徳院)一宇を残して、その他は廃寺を強いられました。その後大正四年には新たに聖天堂や参道もでき、現在の復興を見るに至っています。」

と、いただいたチラシに書かれていました。



護摩堂(本堂)内にてお参りをさせていただきました<(_ _)>

世義寺 護摩堂前



護摩堂前から、境内上部を見ています。右側の写っていない所に山門があります。

世義寺 護摩堂から聖天堂



お寺に鳥居があるときは、神仏分離の名残が伺えます。鳥居の扁額には「大聖歓喜天」と書かれていました。

世義寺 石製鳥居



石段途中には、お狐さまが祀られてますので、稲荷堂かな?もありました。

世義寺 稲荷堂



青銅製の鳥居がありました。こちらも下の鳥居と同じく「大聖歓喜天」と書かれています。

世義寺 青銅鳥居



明治維新後の廃仏毀釈によって衰退ましたが、復興の為に「聖天堂」が設けられたようです。入母屋造りの本瓦葺きで唐破風の向拝付きとなっています。

世義寺 聖天堂



唐破風屋根下の虹梁廻りにある彫刻の細工が立派です。

世義寺 向拝屋根下



向拝の賽銭箱の前にて、お参りをさせていただきました<(_ _)>
入口上には「教王山」と山号が書かれた扁額が掲げられていました。

世義寺 向拝

世義寺 入口扁額



聖天堂鳥居前から、下の境内(護摩堂)と石製の五重塔です。最盛期には塔頭が19ヶ寺あったそうですが、もしかしたら本物の五重塔があったのかもしれませんね~(^^)/

世義寺 五重塔



山門の右手にあった庫裡です。一番左が寺務所の入口になっていて、お声掛けして御朱印を書いていただきました。

世義寺 寺務所



御朱印
世義寺


場所:世義寺



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