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大人の事情 ~御朱印ライフ~

付き合いで始めた寺社(御朱印)巡り、今じゃ週末のライフワークになりました~♪

2019 08/06

[三重県] 豊受大神宮(外宮)別宮の一つ 月夜見宮


伊雑宮から本宮のある伊勢市まで戻り、伊勢市駅近くの市営駐車場に入ります。
そこから歩いて次に向かった場所は『月夜見宮』(つきよみのみや)です(^^)/

伊雑宮は伊勢神宮内宮の別宮でしたが、月夜見宮は伊勢神宮外宮の豊受大神宮の別宮となります。外宮からは北へ300m程と近く、三重県伊勢市宮後にあります。

入口の前にある小学校側から境内入り口です。入口の社号碑には「豊受大神宮別宮 月夜見宮」と書かれています。

月夜見宮 入口



境内参道入口には木製の鳥居があります。

月夜見宮 鳥居



木々に覆われた参道をクランクして進むと、正面に社殿のある開けた所が見えてきました。

月夜見宮 参道①

月夜見宮 参道②



右手にあった手水舎にて身を清めます。

月夜見宮 手水舎



手水舎の奥側には「祓所」がありました。

月夜見宮 祓所



祓所の隣には幹周り7.8mの「大楠」がありました。太さに圧倒されます。

月夜見宮 大楠



真ん中に杉の木を挟んで、左に古殿地、右に社殿が鎮座します。

月夜見宮 境内



「古殿地」です。2015年に式年遷宮をおこなっていますので、20年後ですから次は16年後にここに社殿が建てられます。

月夜見宮 古殿地



月夜見宮の社殿全景です。

月夜見宮 社殿



御祭神が看板に書かれています。「月夜見尊」(つきよみのみこと)、「月夜見尊荒御魂」(つきよみのみことあらみたま)となっています。

月夜見宮 看板



お賽銭箱のある向拝にて、お詣りをさせていただきました<(_ _)>

月夜見宮 向拝

月夜見宮ご鎮座の由緒と歴史は、

「月夜見宮の創始についての詳細は不明ですが、その由緒は古く、延暦二十三年(804)に撰述された『止由気宮儀式帳』や延長五年(927)の『延喜太神宮式』に、豊受宮の所管社等の筆頭として月夜見社が記載されており、奈良時代には第一別宮である高宮(多賀宮)に次ぐ重い処遇のお社として信仰を集めていました。
 後鳥羽天皇(在位1183~98)の御代には公卿勅使を立て、宸筆の宣命を以て神宮に祈願されること六度に及び、次の土御門天皇(在位1198~1210)も数度勅使をご差遣になるなど、皇室の信仰も篤く、鎌倉時代のはじめ、承元四年(1210)に別宮に加えられました。
 鎌倉末期の元応二年(1320)に成立した『類聚神祇本源』には、「在神宮北、四面堀百二十二丈、四至去瑞垣東西南北二十二丈」とあり、当宮の宮域は瑞垣から四方各二二丈(約66メートル)、周囲に壕をめぐらした大きなお宮でした。しかし、中世以後、境界も不明になり、江戸時代に何度かの整理や改修が行われました。
 当宮は、皇大神宮の月讀宮と同じく、古くより正殿が二区あって、月夜見尊と月夜見尊荒御魂を別々の殿舎に奉斎していましたが、応永二十六年(1419)に月夜見宮及び小殿・忌火屋殿等が炎上(『兼宣公記』『応永頭工日記』)し、その後小殿の再興は見るに至らず、現在も月夜見尊、月夜見尊荒御魂とが一つの殿舎にお祭りされています。
 昭和二十二年(1947)に、地元伊勢の祟敬者を中心に月夜見講が発足し、現在は月夜見宮奉賛会と改称して、毎年四月十九日と九月九日に大祭が行われています。」

と、パンフレットに書かれていました。



本殿は外宮に準じ外削ぎの千木と、5本で奇数の鰹木を持つ萱葺の神明造となっています。

月夜見宮 千木、鰹木



参拝後、「宿衛屋」にて御朱印を書いていただきました。

月夜見宮 宿衛屋


御朱印
月夜見宮

場所:月夜見宮



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