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大人の事情 ~御朱印ライフ~

付き合いで始めた寺社(御朱印)巡り、今じゃ週末のライフワークになりました~♪

2018 11/05

美濃新四国八十八ヶ所の洞泉寺(山県市)


本日は1ヶ所のみで、久しぶりに美濃新四国八十八ヶ所の巡拝で、山県市高富にある『洞泉寺』(とうせんじ)に行きました(´ー`)ノ
美濃新四国霊場では「洞泉寺」は2ヶ所あり、岐阜市向加野の洞泉寺に続いて2ヶ所目となりました。まずは境内手前の広場に車を停めます。

洞泉寺(山県市高富) 駐車場 



入口手前には「寶林山洞泉寺」と刻まれた寺号標がありました。山号は寶林山(ほうりんさん)、寺号は洞泉寺で、正式名称は寶林山洞泉寺です。臨済宗妙心寺派の寺院となります。

洞泉寺(山県市高富) 寺号標 



を停めた広場の東側には鐘楼がありました。

洞泉寺(山県市高富) 鐘楼 



鐘楼の東側には綺麗に整備された池のある日本庭園がありました。

洞泉寺(山県市高富) 鐘楼と池のある庭園 



日本庭園を過ぎて、更に東側に山門がありました。左側の建物は境内にある本堂です。

洞泉寺(山県市高富) 本堂と山門 



山門です。脇塀には美濃新四国のナンバープレートも付いていました。洞泉寺は美濃新四国八十八ヶ所霊場の第五十八番礼所となっています。

洞泉寺(山県市高富) 山門 



山門から見た本堂です。境内の中も手入れされた日本庭園となっていました。

洞泉寺(山県市高富) 本堂 山門から 



庫裡です。所狭しと庭木があるので建物の全景はうまく撮れませんでした(^_-)

洞泉寺(山県市高富) 庫裡 



本堂全景です。御本尊は聖観世音菩薩となります。高富藩主本庄家の菩提所でした。

洞泉寺(山県市高富) 本堂全景 

洞泉寺の由緒は

「延元四年(1339)、南朝の後醍醐天皇朝臣杉山義祐が根尾城にて戦死した。
その室、美好(妙智禅尼)が義祐の菩提の為出家し、寺洞(蛍ヶ丘)に玉洞庵を建立したのが当寺の起源である。
天文五年(1536)、大洪水に遇い堂宇全て埋没したが、慶長五年(1600)、代官山田六兵衛が屋敷、田畑を寄進し、当地に寺を移転して再建され、淳岩和尚を開山としてお迎えし、寺号を洞泉寺と改めた。」

とありました。



本堂内にてお参りをさせていただきました<(_ _)>

洞泉寺(山県市高富) 本堂前 



境内外の庭園前からの堂宇全体の全景です。

洞泉寺(山県市高富) 堂宇全景 



納経印です。
洞泉寺(山県市高富) 

場所:洞泉寺(山県市高富)



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