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大人の事情 ~御朱印ライフ~

付き合いで始めた寺社(御朱印)巡り、今じゃ週末のライフワークになりました~♪

2018 09/12

西美濃三十三霊場の洞泉寺


大垣市の新善光寺を後にして、本日2ヶ所目として向かったのは揖斐川町にある『洞泉寺』(どうせんじ)になりました(^^)/
まだ最近、岐阜で美濃新四国の「洞泉寺」に伺いましたが、こちらは「とうせんじ」と濁音が付いていません。西美濃三十三霊場の中でも一番北にあるここ洞泉寺は、山間部でも最奥にありのどかな場所にありました。

洞泉寺(揖斐川町) 入口 



寺号標には「臨済宗妙心寺派 渓徳山 洞泉寺」と刻まれています。山号は渓徳山、寺号が洞泉寺、正式名称は渓徳山洞泉寺になります。臨済宗妙心寺派の寺院です。

洞泉寺(揖斐川町) 寺号標 



入口にはお馴染みの西美濃三十三霊場の石碑がありました。第拾参番霊場(第13番)と刻まれています。

洞泉寺(揖斐川町) 西美濃石碑 



参道階段を登り切った上に境内があります。木々の緑と空の青が気持ちいい場所です。

洞泉寺(揖斐川町) 参道階段 



境内は無住とは思えないくらい綺麗に整備されていました。登り切った左手には鐘楼堂がございました。

洞泉寺(揖斐川町) 鐘楼堂 



鐘楼堂の奥には祠(堂)が3つポツンとありました。

洞泉寺(揖斐川町) 祠 



境内左奥からの全景になります!左手前が鐘楼堂、その右奥が本堂になります。

洞泉寺(揖斐川町) 全景 



境内階段入り口の右側には、古い石碑の手前に手水舎がありました。身を清めます。

洞泉寺(揖斐川町) 手水舎 



階段正面にあるのは本堂です。御本尊は聖観世音菩薩となります。

洞泉寺(揖斐川町) 本堂 

洞泉寺の歴史は

「揖斐郡久瀬村にある。古くは天台宗観音院と呼ばれた。天文年間(1537~1554)に小川但馬守が中興したと伝えられる。その後50余年無住寺だったが,文禄年間(1592~1596)瑞巌寺三世滔(トウ)天和尚が住んで,渓徳山洞泉寺と称して臨済宗に改宗した。十六羅漢像絵, だるま大師画像などが寺宝として伝わっている。元禄年間(1688~1703)には,瑞岩寺村瑞厳寺三世滔天和尚を請じ,開祖として今日に至っている。」




無住のため、もちろん中に入ることはできませんので、向拝手前にてお参りをさせていただきました<(_ _)>

洞泉寺(揖斐川町) 本堂前向拝 



金文字で「洞泉寺」と書かれた扁額が内陣入口の上に掲げられていました。その右には、

洞泉寺(揖斐川町) 本堂前扁額 

「西美濃十三番 聖観世音菩薩御詠歌 
 観音の恵も深き洞泉寺 のらのたのみで有明の月」と書かれた額が掛かっていました。洞泉寺に伝わった御詠歌なんでしょうか?(^^;)


本堂右に飛び出た形で作られている納経所がありました。ここで御朱印(スタンプ)を押しました!

洞泉寺(揖斐川町) 納経所 

ここ洞泉寺にて、西美濃三十三霊場全ての寺院の巡拝も終わり、ようやく満願となりました~(^^)/
時間を作りまして、三十三霊場をまとめたブログを上げたいと思っています!乞うご期待!



御朱印
洞泉寺(揖斐川町) 


場所:洞泉寺



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