2018
08/13
月
四天王寺を出て次に
向かいましたのは、津駅近くにある『初馬寺』(はつうまでら)になりました(^^)/

街中にあり、山門はありませんでした。入口には両脇の塀際に門柱があり「蓮光院」の表札が掛けられています。塀上には聖徳太子厄除祈願所と書かれており、聖徳太子開基の伝承をもつ寺院です。
境内を中に入った所にの石柱に「馬頭観世音」の文字が伺えます。
山号は「馬宝山」、院号は「蓮光院」、寺号が「初馬寺」で、正式名称は「馬宝山 蓮光院 初馬寺」となります。真言宗御室派の寺院になります。通称として「津の初午さん」と呼ばれています。
入口正面にあったのは、魚籃観音(ぎょらんかんのん)と言う堂がありました!三十三観音に数えられる観音菩薩の一つらしいです。扁額にも「魚籃観世音」と書かれています。
真ん中が魚籃観音像、右が不動明王、左が七福神で魚を持った恵比須天になります。緑のノボリもありますように、「伊勢の津七福神」の霊場となっております。
入口入って左手にあったのは「収蔵庫」かな?扉は金庫のようです!(^^;)
国の重要文化財看板にあるように、大日如来座像や阿弥陀如来座像が文化財としてありますので、この厳重な扉の向こうにあるようです。。。
収蔵庫の正面一番奥には本堂がありました(^^)/
本尊は馬頭観音になります。伝承では推古天皇22年(614年)の創建です。三重四国八十八箇所第64番札所、伊勢西国三十三所観音霊場第17番礼所となっております。
初馬寺の縁起看板より
「当山は聖徳太子が四十二才の時、四天王寺を建立するため当地へお越しになられたのですが、運悪く病気になられましたので、自ら本尊馬頭観世音菩薩を彫まれ重要文化財の大日如来、阿弥陀如来を師である高麗の僧恵慈と慧聡に彫刻させられ奈良法興寺の善徳僧正を召されて厄除除難の法を修せられましたところ病もよくなり事業も着々と進展したのであります。以来元和三年には国家鎮護の道場となり、その後藤堂家守護の祈願時となり、厄除観音として栄えて来たのであります。」
と書かれておりました。
本堂入り口から一つ中に入った所で、お参りをさせていただきました<(_ _)>
入口入った左手に受付がございまして、そこで御朱印を書いていただきました(^^)/
写真は本堂左手斜めに参道通路が別れていまして、右が寺務所と左が庫裡なのかな?
御朱印(本尊)
御朱印(御詠歌)
「こまいばふ 宝の山は 春ごとに なを繁りそふ 行相いのまつ」
御朱印(七福神 恵比寿)
場所:初馬寺
協力ありがとうございます<(_ _)>

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