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大人の事情 ~御朱印ライフ~

付き合いで始めた寺社(御朱印)巡り、今じゃ週末のライフワークになりました~♪

2018 06/08

西美濃三十三霊場の善南寺


本日最初に伺ったのは、揖斐郡池田町にあります『善南寺』(ぜんあんじ)です(^^)/

池田山のドライブコース沿いにある駐車場に車を停めて、100m程下にある境内に歩いて向かいます。駐車場脇には善南寺と書かれた小さい石柱もございました。

善南寺 駐車場 

善南寺 石碑 




入口前には寺号標がございました。「浄土宗 高尾山善南寺」と刻まれており、山号が高尾山、寺号が善南寺で、正式名称は高尾山善南寺となり、浄土宗の寺院とわかりました。
左側には、西美濃三十三霊場の石碑もありました。ここ善南寺は第八番礼所となっております。

善南寺 入口 




入口から階段を上った所には、割と新しい山門がございました。

善南寺 山門 




山門から正面を見た境内の全景です。正面にある建物が本堂になります。

善南寺 境内全景 




右側には聖観音菩薩が祀られておりました! 後光が神々しい(^^)/

善南寺 聖観音 




本堂右手にありました玄関です。右に行くと庫裡(住居)になります。

善南寺 玄関 




本堂です。 本尊は十一面子安観音菩薩となっております。
創建はあとで紹介する由緒にもありますが、最澄が開いたと伝えられております。

善南寺 本堂 




本堂前です。参拝は中に入ってさせていただきました<(_ _)>
中には善南寺の住職が書かれた、西美濃三十三霊場の観音仏画が展示されており、三十三観音が揃った素晴らしいものを拝見させていただきました。

善南寺 本堂前 




本堂の横には善南寺の由緒が書かれた石碑がございました(^^)/

善南寺 由緒 

「当山は、平安時代、弘仁二(811)年に、善南寺山海抜800米の高峰に、伝教大師により創建されたと伝えられ、善南寺山一円が伽藍地でありました。
 末寺十八ヶ寺、寺領三百五〇石を有し、天台仏教修行の聖地として隆盛を誇って来ましたが、平治の乱(1159年)に精舎悉く灰燼となりました。
 その後、堂ヶ谷に草庵を結んで法燈を守り、文和二(1353)年、後光厳天皇が寝覚の里に行幸の節、御本尊霊感斜めならず敬礼供養大切にすべき旨、御勅使を給わり、寛文六(1666)年宇東光寺の地に七堂伽藍が再興されました。
 元禄十二(1699)年、天台宗より圓随上人が改宗して開基となり、京都知恩院から玄譽上人を迎えて開祖一世と仰ぎ、浄土宗に転派をいたしました。
 大正八(1919)年火災により焼失し、昭和十八(1943)年、四度び寺地を移し、現在地に高譽上人、十三ヶ村により再興されました。
 江戸時代には、善南寺山、寺領地四百十町歩の争奪が、梅谷村と片山村で幾十年と続き、梅谷方が江戸幕府に訴願したため、了全和尚、片山村名主源吾治ら池田方は、僧上寺、寺社奉行所に嘆願し、江戸評定所において、大岡越前守ら十二人の裁許により、池田郷十三ヶ村で今後も寺を相続護持する事により、元文二(1737)年に勝訴しました。
 御本尊十一面子安観世音菩薩(文化財)は、御懐胎仏で子授け、安産、子育て、所願成就の御仏として、往古から篤く尊崇され、幾多の御難をのがれられて、法燈綿々として今に至っております。」




庫裡に伺い、御朱印を書いていただきました。
善南寺 



場所:善南寺

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